油の研究2

『身近な調味料をもっとよく知り、おいしく使おう!』

「食のラボラトリー」は、普段からおなじみの食材や調味料をもっとよく知り、おいしい使い方を研究しようという思いから始まりました。その第1弾が“塩の研究会”。塩そのものの味を比較したリ、調理してみると、新しい発見がいっぱいありました。そこで、「塩」に続き、さまざまな調味料を研究することになりました。
これまでとりあげたのは、「砂糖」「みりん」「酒(料理用)」「酢」など。さらに昨年は1年間にわたってさまざまな「だし」をとりあげました。そして、今年のテーマは「油」。さまざまな油について研究していく予定です。

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<動物性油脂の種類と原料>

バター Butterは“牛のチーズ”の意味のButyrum(ラテン語)、Boutyron(ギリシャ語)が語源とされ、牛などの乳を原料として、ここから分離したクリームの脂肪分を凝固させたもの。常温ではわずかに黄色味をおびた白色の固体。通常のバターは乳を発酵させずに作るが、乳酸発酵させて作るのが「発酵バター」。それぞれに、食塩を添加した「有塩バター」と、添加しない「食塩不使用バター」がある。
※食塩不使用バターは、以前は「無塩バター」と称していたが、無塩で製造しても生乳に由来する塩分が微量含まれることから、厚生労働省の栄養表示基準により食品の正規表示が求められ、「無塩」という言葉が使えなくなった。

ラード 豚の脂を精製した食用油脂。常温では白色のクリーム状で、融点は27~40℃。豚脂(とんし)とも呼ばれる。

ヘット 牛の脂を精製した食用油脂。牛脂(ぎゅうし)とも呼ばれる。常温では白色~黄色の固体で、融点は35~55℃。外見はラードに似ている。
※すき焼き用などの肉と一緒に牛の脂身が配布されるため、近年、日本では、牛の脂身そのものがヘット(牛脂)とも呼ばれている。
ギー牛や水牛などの乳から作られるマカーンと呼ばれる発酵バターを煮て溶かし、漉したバターオイルで、乳脂肪分だけからなる。日持ちする上、加熱にも強い(煙点250℃)。カレーやチャパティなど、インドの家庭では日常的に使われる食用油。

シュマルツ 主に家禽(鶏、アヒル、ガチョウ・・・その他)の動物性脂肪を融かして精製したもの。ドイツなどでよく使われる食用油。調理用や、パンに塗ったり、菓子作りにも用いる。

スエット、スーエット 牛や羊の腰の腎臓付近の脂。イギリスなどではミンスパイやプディングといった蒸し料理に使われる。火を通せば溶けやすいが、常温では硬く、溶けにくい。融点は45~50℃。

シャル・トス 牛の乳を鍋で煮て、表面にたまった脂を取り出したクリーム(=ウルム)、あるいは加熱せずにおいてたまった脂肪分を分離させたクリーム(=ズーヒー)を加熱し、精製して作られるバターオイル。モンゴルで使われる食用油。

<バターの歴史> 出典:雪印メグミルクHP、明治乳業HP・・他
バターはいつできたか?実はその時期は定かではありません。紀元前4千年のイスラエルの遺跡から、バターを作るための道具と推定される土器が出土していますが、最古の記録は、メソポタミア文明の発掘物です。大英博物館に収蔵されている、シュメール人の神殿跡から発掘された装飾版には、土器製のチャーン(撹拌機)でバター作りをしていると思われる様子が描かれています。

また、古代ギリシャ時代の歴史家ヘロドトスが著した歴史書『歴史』には、紀元前5世紀頃、黒海北岸(今の南ウクライナ)に住む遊牧騎馬民族スキタイ人が「馬の乳を流し込んだ木桶を、まわりに並ばせた奴隷たちにゆすらせ、上にたまった部分をすくいとってこれを上質のものとした」といった内容が記されており、これがバターではないかと想像されます。

◉かつては“野蛮人の食べ物”といわれていた地域も
バターはその後、ケルトやヴァイキングなど、牧畜の盛んな諸民族へ伝わり、定着していき、14世紀にかけてはオランダ、スイスへも広がっていきました。その一方で、古代ギリシア時代には地中海世界にも伝わったものの、南ヨーロッパではバターはなかなか普及しませんでした。その理由はオリーブオイルが普及していたことや、ブトゥルム(牛のチーズ)と呼ばれ、“野蛮人の食べ物”と見られていたこと。チーズとは違い、あたたかい地域では保存しにくかったこともあり、髪や体に塗る薬や化粧品、潤滑油として、ごく一部で使われていたようです。           
イタリアの料理書にバターが登場するのは、中世(15世紀)になってからです。バターはピレネー・アルプス以北の地域(ヴァイキングとノルマン人の征服を受けた地域)から定着し始めましたが、貴族にとっては“野蛮人の食べ物”という見方は変わらず、貧しい者の食べ物とみなされていました。その後、フランスで本格的に食用にされると、ようやくイタリア貴族もバターを食べ始めたといわれています。

◉日本で本格的にバターが作られたのは明治時代
日本では、江戸時代に長崎のオランダ商館で牛や山羊を飼い、バターを作って食べていたことがわかっていますが、それが他地域に広まることはありませんでした。また、8代将軍の徳川吉宗の時代になると、オランダ人の獣医からすすめられ、白牛を3頭飼育。とれた牛乳を使って乳製品を作り、バタ―状のものは「ぼうとろ」「白牛酪」と呼ばれました。その形は乾燥した団子状だったとされ、実際はチーズに近いものだったようで、これを削って食べたり、湯に溶かして飲んだといわれています。

その後、日本で本格的にバターが作られるようになったのは、明治維新のあとからです。明治政府が外国人相手に乳製品を供給するため、酪農の普及を推奨。米国から農業指導にやってきたエドウィン・ダンの指導で、バターをはじめとする乳加工品が作られました。

<バターの成分、栄養素>

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◉ビタミンAを豊富に含むバター
バターの成分の80%以上は乳脂肪ですが、脂肪は食用油のなかでも消化がよく(消化率は97~99%)、効率よくエネルギーに変えることができるのが特徴です。また、バターはビタミンAをはじめ、ビタミンD、ビタミンEを含んでいます。中でもビタミンAは牛乳の13倍。これらのビタミンをとるために、バターをお茶に入れて飲む文化をもつ地域もあります(バター茶)。

◉コレステロールは必ずしも悪者ではありません
脂質の一種であるコレステロールの一日の基準量は、成人男性で750mg未満、成人女性は600mg未満とされています。このうち、悪玉のLDLは、過剰にとると血管の内壁にたまり、動脈硬化の原因になることがわかっていますが、コレステロールは細胞膜の構成成分であり、胆汁酸(脂肪を消化吸収する酸)や副腎皮質ホルモン、性ホルモンの原料ともなる、大切な栄養素の1つです。バターに含まれるコレステロール量は、バター10g(トースト1枚に塗る分)で20㎎程度。適切な量をとれば、バターは上質な栄養源ともなります。

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<各種バターの試食>
今回の主役、フランス産の有塩タイプのバターは「CANTIN」 「PAMPLIE」 「Fontaine des Veuves」 「DELEU」の4種。「CANTIN」と「DELEU」の、塩不使用タイプのバタ―も加えると、計6種。これらと同時に、日本産の塩不使用タイプのバター「明治発酵バター」「高千穂発酵バター」「よつばバター」「雪印バター」の4種も試食しました。

<フランスメーカー>
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◎有塩
「CANTIN」 「PAMPLIE」 「Fontaine des Veuves」 「DELEU」
◎塩不使用
「CANTIN」 「DELEU」  

<日本メーカー>
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◎塩不使用
「明治発酵バター」「高千穂発酵バター」「よつばバター」「雪印バター」
<その他>
◎ギー(オランダ製)
「GHEE EASY ギー」

<バターを用いた料理づくり>
バターの研究会をするなら、ぜひ試してみたかったのが、本物のムニエルとミラノ風カツレツです。

ムニエルはもともとフランス料理の調理法の1つ。魚や肉に小麦粉をまぶし、たっぷりのバターで焼き上げるものですが、わざわざ“本物の”と付けたのには理由があります。本来はたっぷりのバターの中で食材を加熱して火を通す調理法で、焼くより低温(150℃前後)の油の中で、出てきた泡をかけながらゆっくり加熱するもの。バター(塩不使用タイプ)の量は、食材の大きさや厚さにもよりますが、100gの食材に対し40~50g以上。4人分の食材なら、1回の調理でバターを1箱(180g)以上使う計算です。

ところが、日本ではもともとバターの価格が高い諸事情もあるからか、家庭料理のムニエルに使うバターの量はせいぜい7~8g(大さじ1/2)というのが一般的なレシピです。食ラボのメンバーも口々に「普段、家でこんな量のバターを1回で使う勇気は出ないよね(笑)」。そこで、今回はふんだんにバターを使い、作ってみることにしました。

一方、ミラノ風カツレツはイタリア・ミラノの郷土料理で、正式名は「コトレッタ・アッラ・ミラネーゼ」。仔牛肉をたたいて薄くのばし、小麦粉、溶き卵、チーズ入りパン粉をまぶし、たっぷりのバターで揚げるように焼き上げたカツレツです。 肉たたきで2~3mmまで薄くのばし、当初の3倍くらいの大きさにするので、現地では「まるで紙のように薄く、像の耳のように大きい、なんていわれています」と秋元さん。

通常、日本の家庭料理では、手に入りにくい仔牛肉の代わりに豚ヒレ肉を用い、バターの代わりに多めのオリーブオイルで焼き上げ、最後にバターの風味をつける方法が一般的ですが、今回は現地風に最初からバターだけ。肉は豚ヒレ肉と、運よく仔牛肉も少量手に入れることができたので、両方使って比べてみることにしました。

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◎鶏ムネ肉のムニエル、赤カレイのムニエル/秋元、牧野、長島作 
鶏ムネ肉は皮を取り除く。肉、魚それぞれ塩、こしょうしてから小麦粉を薄くまぶす。別々のフライパンに、それぞれバターを入れて弱火で溶かしたら肉、魚を入れる。徐々にバターの泡が出てくるので、アクの付いた黒い泡は取り除き、きれいな泡だけすくって上からかける。低温(150℃前後)で、絶えず食材が泡に包まれている状態を保ちつつ、じっくり火を通し、最後にバターを少々追加して仕上げる。
★鶏肉
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★魚
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バターの泡に包まれた状態でゆっくり加熱することで、パサつきがちなムネ肉や白身魚が、ふっくらとやわらかく焼き上がりました。そのうえ、見た目と違って油っぽさは全くなし。むしろソテーするよりずっとさっぱり仕上がりました。
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◎仔牛ロース肉、豚ヒレ肉のミラノ風カツレツ/秋元作 
今回は、それぞれの肉を先に人数分に切り分けてから、薄くたたきのばして調理しました。「バターの量は、フライパンに並べた肉を半身浴させるイメージで」(秋元さん)。肉を薄くのばしているため、バターの量は、先のムニエルに比べれば少なくてもよさそう。こちらもバターが焦げないよう、低温でじっくり加熱し、両面を香ばしく揚げ焼きし、最後にバターを少々追加して仕上げる。

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ムニエル同様、たっぷりのバターの中で揚げ焼きしたことで、こちらもやわらかくジューシーに焼き上がりました。しかも表面は香ばしく、食べても油っぽくなく、驚きました。

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“油の研究”の2回目。1回目に続き、植物油をテーマにする予定でしたが、急遽変更。バターをとりあげました。日本と違い、フランスでバターといえば毎日の調理に欠かせない食品で、基本調味料の1つ。大手メーカー製のものから、こだわりの作り手や、地方の牧場製や農家製を含めれば、その種類は軽く20~30を超えるとか。

今回は、そんなフランス製のバターの中から、大量生産できない作り手の、珍しいバターばかり試食する機会に恵まれました。その結果、作り手によって原料や作り方も違えば、味にもそれぞれ個性があることに気づきました。

それにしても、食ラボのメンバーはみんなバター好き。珍しいバターがこんなに揃うことはなかなかないとあって、脂肪のとりすぎなんてどこ吹く風。幸せそうに試食し続けていました。

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