油の研究10

『身近な調味料をもっとよく知り、おいしく使おう!』

「食のラボラトリー」は、普段からおなじみの食材や調味料をもっとよく知り、おいしい使い方を研究しようという思いから始まりました。その第1弾が“塩の研究会”。
塩そのものの味を比較したリ、調理してみると、新しい発見がいっぱいありました。そこで、「塩」に続き、さまざまな調味料を研究することになりました。
これまでとりあげたのは、「砂糖」「みりん」「酒(料理用)」「酢」など。さらに昨年は1年間にわたってさまざまな「だし」をとりあげました。そして、今年のテーマは「油」。さまざまな油について研究しています。
10回目は、「ラード」を取り上げました。

<ラード>

◎ラードとは、豚の背脂からつくられる純正の脂
ラードとは、豚の背中の部分の脂を煮て、油分だけ抽出し、冷やし固めたもので、本来は100%豚脂からつくられるのが純正ラードですが、
市販されているラード(チューブ入り等で販売しているもの)には酸化防止剤やビタミンEなどが加えられています。
一方、調整ラードは、豚脂に牛脂や植物油などを混ぜたもので、主に業務用に使われています。
一般家庭でラードを使う機会は少ないですが、業務用には広く出回っています。 ※「油」は常温で液体のもの、「脂」は固形のもの。

◎ラードはさまざまな料理や菓子類に使われている
ラードには植物油にはない独特の風味があり、普段サラダ油で作っている料理に使うと、うまみがアップします。ラードで揚げたトンカツやコロッケ類は、風味よくサクッと揚がります。
また、ギョーザの具に加えるとジューシー感が増し、野菜炒めに用いると、肉が入らなくても味に深みが増し、ラーメンやその他のスープに加えれば、コクが出ます。
さらに、チャーハンの場合はパラパラに仕上がり、ラードの常温で固まるという性質により、冷めてもベチャッとなりにくいといわれています。

本格的な中華の点心類(焼売、肉まん、小籠包、中華ちまき、月餅、マーラーカオ、胡麻団子その他の中華菓子)にはラードが用いられるのをはじめ、
イタリアやスペインの伝統菓子やパンなどには、昔からラードを使うものも多く見られます。日本でも、沖縄菓子のサーターアンダギーやちんすこうにはラードが使われています。

◎豚脂のラードと牛脂のヘットはどう違うのか?
豚の背中部分の脂身からつくるラードに対し、牛の腎臓周囲の脂身(ケンネ脂)からつくるのがヘット。ラード同様、脂身を煮て、油分だけ抽出し、
冷やし固めたものですが、融点は、ラードが33~46℃、ヘットは40~50℃。ラードはさまざまな料理に使うほか、
臭みがないため、点心類や、パン、菓子類といった加工食品にも広く使われていますが、ヘットは、牛特有の臭いや、ラードより溶けにくいため、
温かい料理に使われることが多いようです。      

また、ラード用の脂は捨てなくてもいい部分を使いますが、ヘットに使う脂部分は、切り落として捨ててしまう部分なので、価格はラードの方がヘットより高くなります。
賞味期限は、ラードは3ヶ月ほど、ヘットは日持ちしにくく1ヶ月ほどです。

◎ラードはからだに悪い油?太る油?
ラードは100gあたり940kcal、大さじ1で114kcal程度。植物油が100gあたり920kcalなので、比較するとやや高い程度。ラードが特に太る油ということはありません。
ただ、植物油に比べると、凝固しやすく口溶けが悪いため、こってりした脂というイメージが生じ、太りやすい印象を与えているのかもしれません。

ラードの主な成分は脂質ですが、ビタミンA、E、Kを含むほか、脂質には体の酸化を防止する不飽和脂肪酸のオレイン酸も多く含みます。一方、飽和脂肪酸もほぼ同じ割合で含まれます。動物性脂肪や乳製品などの飽和脂肪酸は、摂り過ぎると悪玉コレステロールが増加し、動脈硬化や心筋梗塞になるリスクが高まりますが、飽和脂肪酸も実は大事なエネルギー源で、骨や血を作る働きをするため、本来はどちらも欠かせない栄養素です。

また、近年は、精製された植物油の製造過程で発生するトランス脂肪酸が問題視されていますが、ラードにはこのトランス脂肪酸は含まれないため、安全な脂といえます。

※ショートニングは、もともとラードの代用品としてつくられた
トランス脂肪酸問題で危険視されているショートニングは、もともとアメリカで1919年頃、多量に生産される綿実油の積極利用と、ラード不足に対処する目的で、ラードの代用品としてつくりだされたもの。
植物油、動物脂などを原料にして流動状にし、食品に可塑性や乳化性をもたらす加工油脂。主として食品工業用原料に使われる。当初は綿実油に牛脂を混ぜてつくられたが、
その後、水素添加による硬化油の発明により、綿実油や大豆油の硬化したものが主原料に使われるようになり、現在のショートニングの基礎となった。
通常の植物油よりも、酸化に対して安定性がよいため、製菓、製パン用、揚げ油などの加工調理用、アイスクリームなどにも使われている。

【参考文献】
農林水産省 油脂やトランス脂肪酸の健康に与える影響

<ラードづくり>
一般的な作り方は、豚の背中部分などの脂身を切り落とし、これを用いますが、今回はラードづくり専用の、脂身だけのひき肉を用いました。
使用したのは、「掛川完熟酵母黒豚 脂挽(ラード用)」。
おいしいラードを作るためにも、この黒豚をすすめているのが、新宿伊勢丹の「I’S MEAT SELECTION」の岩田シェフ。
殺菌された酵母醗酵飼料だけで飼育された黒豚で、健康で腸内環境もいいピュアな豚。その上質の脂身だけをひいたものです。
ちなみにこの脂ひき肉は、新宿伊勢丹の肉売り場で100g162円(税別)で販売されています。
同売り場には、国産豚(いろいろな豚)の脂身も100g44円で販売中ですが、黒豚だけあって、それに比べると約4倍のお値段です。

今回購入した脂挽は、計8㎏!!どうせつくるなら、自宅用にもぜひ持ち帰りたい、ということでこの量に。4つの大きな中華鍋で、各2㎏ずつの脂挽の塊を煮ることになりました。
それにしてもすごい量!8㎏もの脂を目の前にするのは、みな初めてです。

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作り方は、伊勢丹の岩田シェフのレシピを参考にさせていただきました。
<材料> 豚の脂身8㎏、水8カップ(豚の脂身1kgに対し、水100ml)
※水を加えるのは、火にかけている間に脂身が焦げないようにするためです。
<作り方>
①鍋に脂身と水を入れて中火にかけ、脂身の塊をほぐしながら熱する。10~15分ほどし、沸いてきたらアクが出始めるので、丁寧に取り除く。
②何度もアクを取り除きながらフツフツと煮る。途中でそぼろ(肉かす)を食べてみて、ふわっとしていたらまだ未完成。焦げないよう注意しながら、煮続ける。
③油が透明になって泡が小さくなり、そぼろが浮きあがって、香ばしく色づいたら、火を止める。
④いったんザルで漉し、その後再び“さらし”などで漉し、しっかり絞って油を出しきる。
⑤できあがった透明な油を容器に移し、冷蔵庫で冷やす。白く固まれば、ラードが完成。そぼろ(肉かす)も使えるので、捨てずに冷蔵保存する。
※最初から最後まで中火で。そぼろ(肉かす)が焦げないよう、木べらなどでかき混ぜながら、香ばしく色づくまで根気よく煮続けるのがコツ。

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今回は、脂身(ひと塊2㎏)の量が多かったことや、冷凍した状態で購入し、そのまま鍋で煮始めたので、煮る時間は1時間半くらいかかりました。
さらに、二度漉し、容器に移して冷蔵庫へ入れるまでの時間を入れると、最終的には2時間近くかかりましたが、
脂身の量以外に、コンロ(今回はIHコンロでした)や鍋によっても、でき上り時間は違ってくると思われます。

<ラードで料理を作る>
◎ねぎ餅(葱油餅:ツォンヨゥピン)/久保田作
ねぎ餅4枚分:小麦粉400g、湯250~300cc(1枚につき、粉100g、湯60~70㏄)、青ねぎ(小口切り)1/2束、塩、ラード、植物油(米油、ごま油など)
ボウルに粉と湯(50℃)を入れて箸で混ぜ、こねて1つにまとめる。ボウルに入れたままラップをして1時間ほど休ませる(それ以上置く場合は、いったん冷蔵庫へ)。
生地を取り出して4等分に切り、それぞれを麺棒で長方形に広げる(20×25㎝程度)。上面に塩少々ふり、ラード(大さじ1/2)を塗り、青ねぎを全体に散らす。
これをロール状に巻き、両端を持ってひとねじり(タオルを絞るように)。それを渦巻き状に丸めた後、径22~23㎝まで伸ばす。残り3枚分の生地も同様にする。

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フライパンに植物油小さじ1を熱し、焼き始める。最初は強火で、裏返したら弱火にして焼く。何度かひっくり返し、パリッとなるまで焼く。残り3枚も同様に焼く。
焼き上がったら、最後にきれいな布巾で包み、やわらかくもむ。

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ねぎだけで気軽に作れるねぎ餅は、おやつに食べたり、お酒のつまみにもなる、台湾の家庭料理の定番です。
「今回は薄力粉だけで作りましたが、薄力粉に強力粉を混ぜたり、中力粉だけで作る人もいますよ」と久保田さん。
「生地にはうまみのあるラードを塗るけれど、焼くときは植物油で焼くのがおすすめ。
パリッと焼き上げるには、いったん生地を裏返したら、生地をフライパンの上でくるくるっと回しながら焼くのがコツでしょうか。
焼き上がった生地を布巾に包んでもむのは、焼く間にくっついた層を離すためです」このひと手間で、食感がぐっとよくなるそうですから、ぜひお試しください。

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生地の味つけはラードと塩だけ、具はねぎだけ、というシンプルさ。ラードのうまみがしみこんだ生地をパリッと焼いたら、ぜひ、焼きたてを味わいましょう。
「サクサクしている生地も、ねぎの香りもいいですね」と岩﨑さん。みんなもお気に入りの様子でした。

◎もやしと豆苗のそぼろ(肉カス)炒め /久保田作
豆苗は4㎝長さに切り、もやしはサッと熱湯をかけておく。ラード、にんにくを熱し、そぼろを炒める。もやしを加え、豆苗も加えて炒め、塩、こしょう、オイスターソースで味つける。

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ラードづくりの副産物のそぼろ(肉カス)を利用して、シンプルなもやし炒めを作りました。炒め油はもちろんラード。
味つけは塩、こしょう。また、“肉カス”といっても、実際には十分に肉のうまみや食感は残っているので、捨てるなんてもってのほか。
炒め物以外では、コロッケなどに入れても・・・。使いきれない場合は、冷凍しておきましょう。

◎エビと卵のふわっと炒め/長島作
エビは殻と背ワタを取り、片栗粉、塩、酒でもんで下処理しておく。長ネギは3㎝長さの斜め切り、にんにくは薄切り、卵はボウルに溶いておく。
フライパンにラードを温め、卵を半熟状にふんわり炒め、皿にいったん取り出す。同じフライパンにラード、にんにくを入れて熱し、香りが出たらエビを炒める。
色が変わったら長ネギを加えて炒め合わせ塩、こしょうをふる。卵を戻し、ふわっと混ぜ合わせ、香りづけにごま油を回しかける。

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普段、家庭では植物油で炒めるところですが、ラードで炒めてみて、びっくりしたのが、その軽さ。
ラード炒めと聞くと、脂っこく、くどくなるイメージがあったのですが、逆でした。むしろさっぱりして、脂っぽさを感じなかったからです。
もちろん、ラードのうまみやコクが加わるので一石二鳥。中華だしの素などは不要です。

◎豚ヒレ肉とゴーヤ炒め
◎豚肩ロース肉と大木さんの茎ブロッコリー炒め /長島作 
豚ヒレ肉、肩ロース肉は一口大に切り、切ってサッと塩もみしたゴーヤ、かためにゆでた茎ブロッコリーと炒め、塩、こしょうで味つけ、隠し味にナンプラーを少々。

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豚つながりで、ラードでヒレ肉と肩ロース肉を炒めました。「ゴーヤは季節はずれですが、手に入ったらぜひ使いたかったんです。
沖縄は豚肉料理が盛ん。ラードもよく使うから、ゴーヤとよく合いますよ」と長島さん。なるほど、炒めたゴーヤにラードのコクが加わり、よりおいしく。
また、ヒレ肉のような脂の少ない部位にラードを使うと、脂のうまみが補われるのでおすすめです。

◎ラード飯(猪油拌飯 :ジョーヨウバンファン)
炊き立てのご飯にラードをのせて溶かし、台湾しょうゆ(醤油膏)を回しかけて食べるラード飯。台湾や香港の家庭や屋台料理で、昔から食べられていたものです。
※台湾しょうゆは、日本のしょうゆよりとろっと甘く、塩けが少ない。手に入らない場合は、日本のたまりじょうゆがおすすめ。

ラードは作りたてで、まだ固まっていなかったので、液体のままご飯に回しかけ、久保田さん持参の台湾しょうゆをたらーり。一気に混ぜてかきこめば、おいしいのなんの。くせになりそうな味でした。

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初めて見た8㎏もの豚の脂身!これを延々煮続け、2時間近くかけてつくった100%純正のラード!しぼりたて&できたては、澄んで黄金色に輝く、美しい液体でした。
100%純正ラードって、臭いどころか、甘いにおいの漂う“うまみのもと”なのですね。

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ラードは、一般家庭ではあまり使わないため、誤解されている点も多いようです。「エビと卵のふわっと炒め」のところでも触れましたが、ラードで炒めると“脂っこそう”“くどそう”というイメージをいだきがち。
ところが、実際には全く逆で、植物油より軽く、さっぱり仕上がりました。しかも、ラードのうまみやコクが加わり、おいしいお店で食べるプロの味にぐっと近づきます。

『食ラボ研究室』の今年度のテーマ「油の研究」。今回は、その集大成ともいえる“ラードづくり”に挑戦しました。
豚の脂身を煮続けてラードをつくるのは、予想以上に大変でしたが、普段はなかなかできない貴重な体験でした。