酢の研究

『身近な調味料をもっとよく知り、おいしく使おう!』

もともと「食のラボラトリー」は、普段からおなじみの食材や調味料をもっとよく知り、おいしい使い方を研究しようという思いから始まりました。そしてその第1弾が“塩の研究会”。塩そのものの味を比較したリ、調理してみると、新しい発見がいっぱいありました。そこで、今年は塩に続いて、さまざまな調味料を研究することにしました。

6.酢の研究
2月の食ラボから、砂糖、みりん、甘味料、料理酒をとりあげ、勉強&比較研究をしてきましたが、
今月からは数回に分け、「酢」をとりあげることにしました。

ちらし寿司

 

 

 

 

 

 

 

 

 
 
「酢」は、さまざまなメーカーから多種類の製品が出ています。日本の酢以外にも、中国の黒酢、フランス、ドイツなどのワインビネガー、イタリアのバルサミコ酢などもあります。
そして、最近はさまざまなフルーツビネガーも登場しており、料理に使う酢以外に、飲むための酢もよく見かけます。
そこで、酢の原料や製法の違いを学び、その後、どう味が違うのか、料理によってどう使い分けたらいいのか…等を研究することにしました。

まずは資料をもとに、「酢」の起源や歴史、製法を勉強しました。
人類が作った最古の調味料といわれているのが「酢」。フランス語で「酢」を意味するvinaigre(ビネーグル)は、
vin(ワイン)+aigre(すっぱい)の合成語で、その昔、人類が木になっていた果物をとって蓄えたことから、発酵して酒が生まれ、
さらにその酒が酸っぱくなって生まれたのが「酢」だと考えられています。
酢の原料は、さまざまな果実や果実酒のほか、米や麦、とうもろこしや豆、さとうきびなどの穀類その他、世界には4000種類もの酢があるといわれています。
古くは、紀元前 5000 年頃の古代バビロニアの記録に、干しぶどうやなつめやしから酢をつくっていたとありますし、
「旧約聖書」にも、酢は飲み物として登場しています。
ギリシャでは、医学者ヒポクラテスが病人の快復期に酢をとるようすすめていたとあり、中国では周の時代、酢はその効能から、
漢方薬として認められていたそうです。

日本で酢がつくられるようになったのは 4~5 世紀ごろ。中国から酒づくりの技術とともに酢の醸造方法が伝えられたからです。
奈良時代の「万葉集」には、酢を用いた料理「なます」を詠んだ歌があり、酢に関する記述では、これがもっとも古いものだといわれています。
とはいえ、まだこの時代の酢は朝廷や貴族だけが使えたもの。庶民には到底手の届かないぜいたく品でした。

酢の製法が各地に広まり、庶民の間でも酢が使われ、酢を使った料理が生まれたのは江戸時代のことです。
酢を使うことで発酵を待たずに食べられる、現在のすしに近い“早ずし”も登場。その後、江戸時代末期になると一気に酢が流通し、
“にぎり寿司”も登場。たちまち江戸っ子の間で評判を呼びました。このときの酢は、酒粕を原料にした「赤酢」が主流。
江戸時代は日本酒づくりが盛んだったため、酒づくりの際に出た酒粕を利用した酢がつくられたのです。

明治時代に入ると、ますます江戸前のにぎり寿司は庶民の間で人気を呼び、広がっていきました。
大正時代には、関東大震災の影響もあり、東京の寿司職人が全国に移り住んだため、
江戸前寿司は東京以外の地域でも普及していきました。それと同時に、赤酢も江戸前のにぎり寿司に最適な酢として広く知られていきました。
赤酢を使うすし飯の色は山吹色~薄茶色ですが、当時の江戸前寿司はそれが普通でした。

この組み合わせが崩れ、色のつかない米酢を使いだしたのは、第二次世界大戦後です。
戦中戦後、しばらくの間は食糧難の時代が続き、真っ白に炊き上がる白米はなかなか手に入らず、貴重でした。
けれど、だからこそキラキラ光る色にあこがれ、国産の白米は“銀しゃり”とも呼ばれました。
そのイメージもあり、その後、徐々にすし飯に色のつかない酢を使う店が増えていき、
米酢や穀物酢が大量生産されるようになると、それが一気に主流になりました。
現在、赤酢のすし飯を使う江戸前寿司の寿司屋はごく一部。
それも赤酢 100%ではなく、米酢と赤酢を合わせ、1 割から 5 割程度赤酢を使う店がほとんどです。
一般家庭ですし飯に使う酢といえば、米酢か穀物酢。
赤酢はスーパー等には出回っていないこともあり、食ラボでも家でつくるすしに赤酢を使っているメンバーはいませんでした。

さて、今月の味比較は、7種類の酢を試飲するほか、赤酢を使ったすし飯と、米酢を使ったすし飯をつくり、それらの味を比較してみることにしました。

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・穀物酢
大手メーカーの製品。原材料は、穀類(小麦、米、コーン)、アルコール、酒粕。
500ml 151 円。

・米酢 A
大手メーカーの製品。原材料は米。
500ml 300 円。

・米酢 B
岐阜の醸造店の製品。OCIA 認定有機農法米使用、有機純米酢。原材料は有機米。
150ml 275 円(500ml 換算 916 円)。

・米酢 C
山梨の醸造店の製品。富士北麓・富士吉田市から汲み上げたバナジウムを含んだ天然水使用。
静置発酵法。原材料は有機栽培米。
500ml 819 円。

・赤酢 A
東京の醸造店の製品。昔から江戸前寿司用の赤酢を作り続けている、数少ないメーカーの1つ。
原材料は長期熟成の酒粕。
150ml 324 円(500ml 換算 1,079 円)

・赤酢 B
製品名は「無添加 粕酢」。岡山・真庭市の若手職人でつくる「まにわ発酵‘S」をきっかけに、
昨年冬、味噌醸造店と造り酒屋がコラボして製品に。原材料は、岡山検査米の長期熟成の酒粕。
275ml 594 円(500ml 換算 1,075 円)

・きび酢
鹿児島・奄美大島のあまみ農協製造。原材料はさとうきび。伝統的な静置発酵法により、
壺の中で 2~3 年、自然発酵・熟成させる。鹿児島から沖縄地方の大気中の酢酸菌や天然の酵母菌でしかできないといわれる、天然醸造酢。
700ml 3,132 円(500ml 換算 2,237 円 )

試飲、試食後の食ラボメンバーの感想は次の通りです。

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◎味の比較(そのまま試飲)
・穀物酢
酸味が強い。ツーンとする酸っぱさがかなり強い。コクやまろやかさはない。ただ、くもないので、その分、どんなものにも使える気はする。

・米酢 A
穀物酢と比べると、多少まろやかで甘みもある。くせはないので、何にでも使える気がする。多少、お米くささを感じてしまう。

・米酢 B
米酢Aと比べると、さっぱり、さわやな味わい。お酒風の風味を感じる。多少だしのような風味も感じる。
かけ酢その他、何にでも使えそう。

・米酢 C
後味に不思議な味わいがあり、おもしろい。香ばしいヘーゼルナッツのような、あるいは焦がした樽のような風味を感じる。
甘酒のような麹の風味や、チクッとした感じや鉱物臭も微妙に感じられる(バナジウムか?)、他と比べると、多少塩けも感じるので、
ドレッシングなどに使う場合は、塩を足さないか、加減した方がよさそう。

・赤酢 A
まったりしていながら、さっぱりもしていて、おいしい。黒酢にも近い気がする。酸味や塩気も感じる。深みは思ったより少ない。

・赤酢 B
香りが独特。まろやかでおいしい。麹の風味を感じる。紹興酒風の香りと味わいもある。
赤酢Aにも赤酢Bにもいえるが、まぐろのづけや、あぶった穴子などに合いそうな気がする。

・きび酢
おいしい。後味もさわやかで、香りもいい。かんきつ類っぽい風味あるので、かけ酢にもいいかもしれない。
ただ、料理にひんぱんに使える値段ではないので、ドリンク系として、何かと割って使うほうがいいかもしれない。

◎味の比較(すし飯を試食)
・米酢 Aを使用したすし飯
米4合、昆布 5×10 cm、米酢A100 cc、砂糖大さじ21/2、塩小さじ 2

・赤酢 Aを使用したすし飯
米4合、昆布 5×10 cm、米酢A100 cc、塩小さじ 2

赤酢を使ったすし飯の寿司屋は今でもありますが、赤酢と米酢をブレンドして使っている店がほとんどだと聞きます。
ただ今回は、差がわかりやすいよう、赤酢 100%のすし飯をつくり、米酢を用いたすし飯と比較してみました。
また、赤酢の場合、コクと甘みがあるため砂糖はまったく入れず、それ以外は米酢のすし飯と同分量にしました。

その結果はというと・・・、

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すし飯だけ比べると、色の差は歴然!米酢のすし飯は、みんなが普段からつくっているすし飯ですが、赤酢を使ったすし飯にはみなびっくり。
予想以上に色がついたからです。
まるでしょうゆでも混ぜ込んだような、茶褐色に近い色。赤酢を知らない人が見たら、とてもすし飯とは思えないでしょう。
ところが、食べてみるとこれが予想以上においしくて、再びびっくり。砂糖がまったく入っていないとは思えないほど甘みとコクがあり、
「具がなくても、これだけ(すし飯)食べ続けたい」なんていう声が出るほどでした。
ただ、すし飯だけでインパクトがある分、具との相性はどうなのだろうと考えると、すべての魚介類に合うわけではない気がします。
たとえばまぐろ(赤身)や、こはだのような〆たもの、穴子のようにあぶったものには、赤酢のすし飯が合う気もしますが、白身の魚などには逆に合わない気もしました。
一方、米酢に赤酢を加えてブレンドし、それですし飯をつくれば、両者のよさが出る気もしました。
機会があれば、また試してみたいと思います。

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この日、すし飯の比較後は、スモークサーモンやきゅうり、錦糸玉子、大葉、ごまなど、
夏らしい食材を用意しておき、各自、自由にのせておいしくいただきました。

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