発酵、発酵食の研究11

『発酵、発酵食をもっと知ろう!』

今年は「発酵、発酵食」がテーマ。さまざまな角度から“発酵や発酵食品”と、“発酵食品を使った料理”を研究しています。最後の2回で取り上げたのは「酵母」。11月は「ビール酵母」、そして最終回の12月は「パン酵母」です。

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<今月の座学>
●パン作りの歴史
●パンづくりと酵母、世界の天然酵母
●酵母からオートファジー研究

◎古代メソポタミアで始まったパン作り
今から8000年〜6000年ほど前、古代メソポタミアでは、小麦粉を水でこね、焼いただけのものを食べていました。これがパンの原形とされています(日本は縄文時代中期)。このパンは無発酵でしたが、その後、古代エジプトへ伝わり「発酵パン」が誕生し、食物や供え物として作られるようになりました。さらに古代ギリシャへパン作りが伝えられると、製パン技術を身につけた専門のパン職人が登場し、ブドウ液から作られたパン種も使われるようになり、いよいよパンは量産されるようになったのです。 (※以上は、パン食普及協議会HPより部分引用 www.panstory.jp

◎パンをふくらます役割をした酵母
パンをふっくらと膨らます役割をするのが酵母菌です。紀元前3500年頃の古代エジプトで、たまたまパン生地が偶然発酵し、ふっくらしたパンが焼き上がったのが始まりだともいわれています。そのとき働いたのが、植物や野菜、果物、あるいは空気中など、自然界のさまざまな場所に住んでいる「天然酵母」です。各酵母によって、どんなものを発酵させるのが得意かは異なっています。酒作りに使われるビール酵母やワイン酵母は、パン作りの酵母と性質は似ていますが、パンづくりに適さない酵母もあります。

◎手間も時間もかかるが、個性派パンができる「天然酵母」
パン作りに使われる天然酵母の多くは、穀物(玄米、麹、小麦)や果物(ぶどう、苺、桃、梨、パイナップル、バナナなど)などのまわりに付着する酵母菌を採取し、自然に発酵させたものです。使う酵母によって性質や特徴も違い、その土地や気候風土にしか育たない酵母もあるため、天然酵母を使うパン作りには、不安定さもむずかしさも伴います。発酵時間もそれぞれで、長時間(1日以上)かかることもあり、時間や手間もかかります。それでも天然酵母パンの場合、その他の微生物(たとえば乳酸菌や酢酸菌)が加わり、独特の風味や味のパンになることや、同じ天然酵母を使用しても、作る職人によって違う味になるため、個性的なパンができあがるのが魅力です。

◎発酵力が強く、安定したパン作りが可能な「イースト菌」
酵母の研究が進むと、パン作りのために培養された酵母の「イースト」が発明されました。「イースト」も「天然酵母」と同じく、天然に存在する酵母菌ですが、たくさんの酵母の中から、パン作りに適した強い発酵力をもった菌だけを集め、工場で純粋培養させた、パン専用の単一酵母です。温度管理や“寝かし”の工程は必要ですが、生地を短時間(2~3時間)で発酵させることができるうえに、安定してふくらむので、これによって大量生産も可能になりました。
※BP(ベーキングパウダー)パンや焼き菓子に使われる膨張剤の一種で、こちらは食品添加物。イースト菌を使用する際の様な精密な温度管理と寝かし工程が不要で、生地中の砂糖や油脂などの影響を受け難く、保存性がよいことから利用が広まった。ただ、数年前、使用する原材料の一部(とうもろこし)に遺伝子組み換えの可能性が高いことを指摘された。

◎世界の個性派天然酵母 “パネットーネ菌”
生まれたての仔牛が初乳を飲んだ後の腸内物質から取り出した菌で作る自然種(酵母)。自然種の酵母は大変デリケートなので、もともとこの菌が成育した場所の気候や環境が整わないと成育がむずかしいといわれています。この菌も、北イタリアの特定の地方でしか培養しづらいとされ、長い間、国外への持ち出しも禁止されていました。現在は日本へも輸出されるようになりましたが、日本でこれを使いこなすのは高度な技が必要といわれています。
イタリアのクリスマスケーキ「パネットーネ」
発祥の地は15世紀のミラノ。600年も前から作られ、食べられてきた伝統菓子。リキュール漬けや砂糖漬けのドライフルーツ類を混ぜ込んで、ドーム型に焼き上げたもので、イタリアのクリスマスケーキの代名詞です。といっても、クリームやチョコレートでデコレーションされた、日本の華やかなケーキとはまったく違い、シンプルなケーキです。パネットーネには、パネットーネ菌が大きく関わっています。適正な温度や湿度のもとで、小麦粉にこの酵母を加え、ゆっくり何度も熟成発酵を繰り返し、何日もかけて生地を作りあげ、1つ1つ窯で丁寧に焼き上げます。生地にはさまざまなドライフルーツのほか、卵やバターもたっぷり使っているので、中は黄金色。食べると、ほんのりした甘さの中に独特の風味があり、しっとりやわらかく、手でふわっと裂けるのも特長です。ドライフルーツの酸味や甘みも絶妙なアクセントになり、食べ飽きないおいしさ。シンプルな見かけと違い、手間暇かけて作る、実にぜいたくな逸品です。
半年もクリスマスケーキが楽しめる?!
11月半ばになると、イタリアの街にはさまざまなパッケージに包まれたパネットーネが次々と登場し、店頭をにぎやかに飾ります。自分でもいくつか購入したり、親戚や友人に贈ったり贈られたりするのもパネットーネならではの楽しみ。長時間発酵させ、しっかり焼き上げてあるため、添加物や保存料を一切使用しないにもかかわらず、保水性、防腐性、防菌性に優れており、長期保存がきき、おいしさも保たれるのです(しっとりしたまま、パサつかないので驚きます)。本物のパネットーネ菌を使い、伝統製法で作られた本物のパネットーネなら、賞味期限は常温で約半年。クリスマスに食べ、年が明けても春過ぎまで食べることができ、おいしい楽しみも長く続くお菓子です。

◎天然酵母の生種が余ったら、料理に使うのがおすすめ
(※クオカのHPより引用 www.cuoca.com/library/event/special/yeast/
①塩を加え、塩麹と同じ調味料として使用 生種に対し10%の塩(例 生種50g:塩5g)を加えて使用する。
②肉や魚を生種に漬けこんでから料理 肉、魚100gに対し大さじ2(30g)の生種を全体にまぶし約30分漬け込み、キッチンペーパー等でふき取ってから調理。臭みをとり、柔らかく、旨味を引き出して肉や魚の味が濃くなります。
③カレーやシチューなどの煮込み料理の隠し味 カレーやシチューの具に水を入れるタイミングと同時に、1皿分に対して大さじ1の生種を加えて煮込みます。コクと深みがでてまろやかに仕上がり、一緒に煮込む食材も柔らかくなります。

◎酵母から、オートファジー現象の解明へ
(※東京工業大学HPより引用)
日本では、酵母菌は麹菌とともに古くから研究が行われ、バイオテクノロジーの基礎を作り上げました。2016年にノーベル生理学・医学賞を受賞した大隅良典栄誉教授(東京工業大学)の研究は、酵母を材料にした“オートファジー現象”を解明したもの。「自ら(Auto)」を「食べる(Phagy)」という意味を持つ「オートファジー(Autophagy)」は、パーキンソン病などの神経変性疾患にも関係すると言われ、今、世界中で大きな注目を集めている研究です。
生命活動に必要なタンパク質は、DNAに従って合成されており、体内では1日におよそ200gのタンパク質が作られています。材料となるアミノ酸は、食べ物から消化・吸収しますが、人間が摂取しているタンパク質量は70 gほど。足りない分はどこから調達しているのでしょうか。この答えを解くカギの1つが「オートファジー」です。細胞が自らの細胞質成分(合成したタンパク質など)を食べて分解することで、アミノ酸を得る機能で、細胞内の「リサイクルシステム」ともいわれています。たとえば1日絶食すると、肝臓の体積は約7割に縮小するそうですが、絶食時でも、肝臓では生命を維持するためにオートファジーが活発に行われているため、数日間食べなくても生命を維持することができるのです。

<本日のラボ>
●パン酵母の味見
●自家製酵母液作り、自家製酵母液の味見

◎パン酵母(ドライイースト)の味見

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左から、ドライイースト、とかち野酵母(天然酵母ドライイースト)、白神こだま酵母(天然酵母ドライイースト) ※一番右は参考品(ルヴァン(天然酵母)で“種起こし”した「元種(ペーストタイプ)」)
※奥は、自家製酵母液2種(りんご、干しぶどう)
3種類ともドライイースト。パン作りをするメンバーはいても、こうやって味比較するのはみな初めて。顆粒状や粉状のものをそのままで味見したあと、お湯で溶いたものも味見したところ、一番左の「ドライイースト」は、化学調味料のような味わい。「とかち野
~」と「白神~」は少々酸味が感じられました。また「白神~」をお湯で溶いたものは、うまみも感じられました。
※とかち野酵母 北海道十勝のエゾヤマザクラのさくらんぼから採取した、パンに適した天然酵母を用いたドライイースト。予備発酵なしで焼くことができる。
※白神こだま酵母 世界自然遺産白神山地の指定地域で発見された、パンに適した酵母を用いたドライイースト。予備発酵なしで焼くことができる。
※ルヴァン種(仏語:levain) ルヴァンは“発酵種”という意味。主に小麦粉、ライ麦粉、水を合わせて作った発酵種で、野生の酵母菌を酢酸菌や乳酸菌と共に育てたもの。フランスではルヴァン種で作られる伝統的な製法によるパンの総称。

◎自家製酵母液作り&酵母液の味見
りんご酵母液(液種)
材料(作りやすい分量):りんご(無農薬の「ふじ」等)1~2個、砂糖(きび砂糖など)小さじ1 ※ガラス瓶(しっかり密閉できるもの)、水(浄水器を通した水道水)
作り方:(下準備)瓶(フタ、金具、パッキンも)はよく洗ってから熱湯消毒し、乾燥させておく。りんごは洗わず、皮ごとざく切りにする(芯や種も捨てずに使う)。
①瓶にりんごを詰め(芯や種も)、砂糖を加え、8~9割まで水を注ぐ。ふたを閉めて密閉し、25℃前後の環境温度に置いておく。
※酵母は低温では発酵しないので、冬場は、湯を入れたコップとともに発砲スチロールの箱に入れ、常に25℃前後を保つようにする。
※逆に30℃以上で24時間密閉状態にあると酵母が死んでしまうので、夏場は保冷剤を入れるなどして調整する。
②2日ほどして、りんごの表面に小さな泡が出てきたら瓶のフタを開け、軽くかき混ぜる。温度管理しながら、1日1回これを行う。
③数日~1週間して泡がさらに増え、発酵が進んだら、酵母が充分起きたかを確かめる。充分起きたあとは、冷蔵庫で保存する。
※酵母が充分起きたかどうかの目安は、1、液の色が白っぽくにごる 2、フタを開けたときにポンッという音がして、炭酸水のような泡がシュワッと出る。
3、その泡が増え続けたあと、落ち着いて出なくなる。

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約1週間後の酵母液(左が、りんご酵母液、右は、干しぶどう酵母液)
約1週間後にできあがったりんご酵母液を味見すると、りんご風味の微発砲の炭酸水のよう。一方、りんご自体は味も香りもすっかり抜けていて、食べてもちっともおいしくありませんでした。また、干しぶどうでも作ってみました。同じく約1週間後の酵母液。こちらも微発砲ですが、りんごに比べると甘みが強く、濃厚でした。干しぶどう自体は、やはり味がすっかり抜けていました。

<本日の料理ラボ>
パン酵母は料理にも使えるというので、パン酵母や酵母液を使って、料理をつくってみました。

◎パン酵母入り 変わりポトフ

材料(6~8人分):パン酵母(今回は「白神こだま酵母(ドライイースト)を使用)小さじ2、ベーコン(塊)500~700g、白ウインナー6~8本、ハーブウインナー6~8本、にんじん3本、玉ねぎ3個、キャベツ1/2個、じゃが芋3個、かぶ3個、セロリ2本、白ワイン300CC、水2ℓ~2.5 ℓ、オリーブオイル大さじ11/2、塩適量
作り方:(下準備)ベーコン、ウインナー、野菜をそれぞれ2~3㎝程度の大きさに切る。
①鍋にオリーブオイル、ベーコン、ウインナーを入れて弱火にかけ、じっくり加熱しながら、焼き色がつくまで炒め、うまみを出す。
②①の鍋の中に野菜(じゃが芋、かぶ以外)と酵母、白ワイン、水、ローリエを加える。フタをして中火にし、野菜が軟らかくなるまで20分ほど煮込む。じゃが芋を加え、さらに10分ほど煮たら、最後にかぶを加え7~8分煮て、塩で味を調える。

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ごろんと大きな具を煮込むポトフとは違い、今回、野菜はどれも小さめに切りました。また、ベーコンやソーセージ類も小さめに切り、先にオリーブ油で炒めてから、そこに野菜類を加えました。そして、ここで加えたのがパン作りに使われるパン酵母。先月もビール酵母の力に驚きましたが、今月も、肉類や野菜に酵母の力が加わったことでうまみが倍増。煮込んだ後は、塩で味を調えただけ。ブイヨン(素)を使わなくとも、味がしっかり決まりました。さらに、普通に煮込むと、しまって硬くなりがちなベーコンやソーセージが、酵母の力でやわらかいままだったのにも驚きました。

◎パン酵母液ドレッシング 野菜サラダ
ドレッシングの材料(作りやすい分量):りんごの酵母液大さじ2、オリーブオイル大さじ2、塩小さじ1/4、白こしょう少々

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発酵によって、やさしい酸味が出たりんごの酵母液をビネガー代わりに用いたドレッシング。酵母液とオリーブオイルは1:1(同量)にし、いったん味をみて塩、白こしょうを加えました。ワインビネガー等に比べると、弱い酸味なので、まろやかな味のドレッシングになりました。酸味が足りない人は、お好みでレモン汁などを加えて調整してください。

◎ルヴァン酵母を用いた天然酵母パン/飯塚作
飯塚さんが、自身で作った元種「ルヴァン」を使って、3種類のパンを焼いてきてくれました。パン生地にじゃが芋を加え、ベーコンを入れて焼き上げたパン。パン生地にライ麦を加え、ポルト種漬けのいちじくを入れたパン。パン生地にそば粉を加え、りんごの赤ワイン漬けとクルミ入りのパン。

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どのパンも、皮はパリッとしながら、中はもっちり、程よくしっとり。生地に少しだけ酸味が感じられるのも、天然酵母を用いたパンならではでしょう。食事パンとしてもいいし、ワインやチーズにも合いそう!どれもおいしかったです。

<スペシャル> 食ラボおやつ
(鈴木作=「トモコベーキングスタジオ」)
今年最後の食ラボは、鈴木さんのベーキングスタジオ特製のケーキ2種でしめくくりました。

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◎りんごのランヴェルセ
りんご栽培が盛んなフランス・ノルマンディー地方に伝わる「ポム・ランヴェルセ」。 ランヴェルセ(Renversee)は“逆さにした”という意味。選りすぐりの甘酸っぱいりんごをキャラメルソースでじっくりソテー。ラム酒漬けレーズン入りのバターケーキとともに、じっくり焼きあげてからひっくり返すアップサイドダウンケーキ。バターケーキは、発酵バターをたっぷり用いながら、ふわっと軽い仕上がりになっています。
キャラメリゼしたリンゴは、香ばしい中に、りんごの甘ずっぱさがしっかり残っていて、なんというおいしさ!「しかも、バターケーキの部分もおいしいですねぇ。なぜここまで軽く仕上がるんでしょうか?」と古島さん。おいしさは残酷です。うっとりしている間に、スッと“別腹”に消え去ってしまいました。

◎ガトーショコラ
ヴァローナ社56%ショコラ、発酵バター、奥久慈地卵などを使用したクラシックタイプのガトーショコラ。ショコラの香りをしっかりと感じさせながら、ふわっと軽い仕上がりになっています。
ガトー・ショコラというと、ずっしり重いイメージがありましたが、こちらはどこまでも ふわっと軽やか。「高さを出し、ふわっと軽い仕上がりにするコツは、チョコレート生地の温度管理や、卵をしっかり泡立てることが重要です。また、メレンゲはゆるめに立て、生地と合わせたら混ぜすぎないことでしょうか」と鈴木さん。ショコラが香り高いのに、くどさがないので、こちらもあっという間に平らげてしまいました。

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テーマ「発酵と発酵食の研究」の最終回は、先月に引き続き「酵母」。今月は「パン酵母」に注目しました。古代エジプトの時代からパンを発酵させ、ふくらます役割をしてきた酵母。パン作りに力を発揮している、さまざまな酵母のことを座学。その後、パン酵母を加えて煮込み料理を作りました。すると、ビール酵母同様に料理に“うまみ”が加わったこと。さらに、煮込むと肉質がしまって硬くなりがちなベーコンやソーセージがやわらかいまま。パン作り以外のところでも、酵母の力を実感しました。