発酵、発酵食の研究10

『発酵、発酵食をもっと知ろう!』

今年は「発酵、発酵食」がテーマ。さまざまな角度から“発酵や発酵食品”と、“発酵食品を使った料理”を研究しています。11月12月の残り2回は、「酵母」を取り上げることになりました。人類の歴史にも深く関わってきた酵母とは何かを学んだあと、多数の酵母の中から、今月は「ビール酵母」に注目しました。

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ビール酵母入り(無濾過)の白ビール各種

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左から、「ヒューガルデン・ホワイト」、「ブルームーン」、「Far Yeast東京IPA」、「白濁」

<今月の座学>
●酵母とは何か。酵母と人類との関わり
●酒作りの酵母、パン作りの酵母

◎酵母と人類の深い関わり
酵母は、糸状菌(カビの一種)の仲間ですが、カビと細菌の中間的な性質の微生物。植物や野菜、土や空気中といった自然界にもともと存在していた菌で、人類の歴史にも深く関わってきた菌です。最初は土の上に落ちた果実(ぶどう)が発酵して、偶然お酒(ワイン)ができたことがきっかけで、紀元前5000年ころからワイン作りが行われるようになったといわれています。

◎酵母、発酵の発見、解明へ
とはいえ、酵母の存在や、発酵の仕組みが解明されるのは、はるかに後の時代です。ビールを自作の顕微鏡で調べ、微粒子状のもの(酵母)を最初に発見し、スケッチに残したのはレーウェンフックでした。が、のちにこれらの微生物の働きで発酵が起こることを発見し、証明したのはパスツールでした。パスツールはさらに、酵母の純粋培養にも成功。それが無酸素条件下でも起こることも明らかにしました。

◎酵母の種類やその働き
酵母は、糖をエサにして、これを分解し、アルコールと二酸化炭素(炭酸ガス)に変えます。この性質を利用して、ビールやパンを作ったり、みそやしょうゆ、漬物を作る際は、これらをおいしくするのにも関わっています。酵母の種類は非常に多く、食品に使用されるものだけで350種類もあるといわれています。中でもよく知られているのがビール酵母、ぶどう酵母、清酒酵母、パン酵母・・・などです。

◎ビール作りに欠かせないビール酵母
酵母はアルコールを作るときには欠かせませんが、作るお酒によって、使用される酵母は異なります。酵母の1つである「ビール酵母」だけでも何万種もありますが、大きくは「上面発酵酵母」と「下面発酵酵母」の2つに分けられます。上面発酵酵母は15~25℃で発酵し、フルーティーな香味成分を多く作り出し、表面に浮かび上がる性質があります。このようなビールを“エール”と呼んでいます。

一方、下面発酵酵母は5~10℃前後で発酵し、発酵の際に酵母が沈む性質があります。香味成分は多く発生しませんが、キレのあるすっきりとしたノド越しが特徴。このようなビールは“ラガー”と呼ばれています。このように、香りやコクが特徴の酵母もあれば、キレのある味わいが特徴の酵母もあるなど、さまざまな種類の酵母があるため、どんな酵母を使うかで、ビールの味や個性が決まってきます。

◎ビールに、ビール酵母は入っているか?
ビール酵母はビール作りには欠かせませんが、日本で一般に流通しているビールには、ビール酵母はほぼ入っていません。なぜなら、発酵の終わっている酵母は、製造工場で濾過され、すでに取り除かれているからです。

中には「無濾過」や「ビール酵母入り」と表示され、ビール酵母が取り除かれていないビールもあります。それらのビールなら、酵母を見て確認できます。ただ、酵母が元気に生きているとは限りません。酵母菌は一定量の糖や脂肪を分解したら任務はそこで終了するため、発酵が終わった酵母に本来の力は残っていません。さらに、製品化する際に熱処理しているビールだと、「無濾過」であっても、酵母は生きていません。ごく一部、熱処理していない無濾過ビールの中には、酵母菌が生きて、発酵し続けているものもあります。

◎栄養豊富なビール酵母
ビール酵母の本来の役割は、ビール醸造に欠かせないものですが、現代人が不足しがちな栄養素を豊富に含んでいることがわかりました。そこで、近年、ヘルスケアやアンチエイジングに役立つものとして、食品やサプリメントの分野でも注目されています。

<必須アミノ酸>
必須アミノ酸は、代謝を促進してエネルギーを産み出す物質で、健康維持には欠かせませんが、人間の体内では作ることができないので、食品から取り入れる必要があります。ビール酵母の50%はアミノ酸からできており、必須アミノ酸9種類がすべて含まれています。
<ビタミンB群>
ビタミンB群の主な役割りは、体内に取り入れた食物から効率よくエネルギーを生み出し、疲労回復にも役立ちます。ビール酵母にはビタミンB群(B1、B6、B2、ニコチン酸、パントテン酸、B12、葉酸その他)が豊富に含まれています。を含んでいます。 <核酸(イノシン酸、グアニル酸)>
DNAやRNAなどの核酸は、細胞分裂をスムースに行い、新陳代謝を活発にするのに欠かせない要素です。ビール酵母には、かつおぶしや肉のうまみ成分(イノシン酸)や、しいたけのうまみ成分(グアニル酸)としても知られるイノシン酸やグアニル酸など、核酸の1種が豊富に含まれています。
<食物繊維(β―グルカン、マンナン)>
ビール酵母の細胞壁には、β―グルカンやマンナンという食物繊維の1種が含まれています。中でもβ―グルカンには整腸作用のほか、免疫力を高めるなど、さまざまな効果もあることがわかっています。

◎「酵母エキス」とは何か?
“うまみ成分”として、近年さまざまな食品に用いられているものに「酵母エキス」があります。「酵母エキス」とは、ビール酵母やパン酵母から抽出したエキスを加工して作られる成分です。“うまみ成分”といえば、ほかにも昔から有名なものがありますが、精製処理によって作られるので、化学調味料と呼ばれ、“食品添加物”に分類されています。一方、酵母エキスの場合は、精製処理していないため、“食品”に分類され、酵母エキスを加えた食品には“化学調味料無添加”と表示することができ、自然志向の強い昨今は、イメージアップにつながっています。ただ、人工的に加工された成分であることには変わりなく、本当の“天然、自然の風味”と同じではないと思います。

<本日のラボ>

◎酵母入りビールで、酵母を確認

4種類の白ビールをそれぞれグラスについで、酵母の様子を目視で確認しました(白ビール以外にも無濾過ビールはありますが、色がうすめのほうが酵母が見えやすいため、今回は白ビールにしました)。
※白ビール 主に小麦を使用(大麦や大麦麦芽も使用)して醸造したビールで、小麦ビールとも呼ばれる、上面発酵のエール。ベルギー発祥のヴィットや、ドイツ発祥のヴァイツェン(またはヴァイスビア)などがある。

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酵母入りのビールは、どれも若干、霞がかかったようににごって見えました。これがいわゆる“酵母”だそうです。酵母は下の方に沈殿しがちなので、下の方に酵母と思われるものが浮遊していることも多いようです。
一番手前のビールのラベルには、“生きた酵母を使い、ビン内二次発酵させた自然な濁りが特徴”と表示されていますが、のちにビンごと熱処理しているため、飲む段階では、酵母は生きていません。一番奥の「白濁」には、“味を均一にして飲んでもらうため、缶のパッケージが逆さまになっています”の表示あり。なるほど、プルトップが缶の底についているので、開けるときは必ず上下が逆さになります。この仕掛け、おもしろいですね。

◎ビール酵母(粉末)の味を試食
ビール酵母は、粉末(食品)やサプリメント等でも売り出されていますが、どんな味がするのでしょうか。実際にビール酵母(粉末)を取り寄せ、味見をしました。

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“食品”として出回っているビール酵母(乾燥した粉末状のもの)。実際のビール醸造に使われる“生のビール酵母”は今回手に入らなかった。
粉末は薄茶色で、少々独特のニオイがあります。なめてみると、苦みは感じませんが、かといって甘くはなく、微妙な味わい。人によっては「エビオス(整腸剤)の味」、「うなぎの骨の味??」「金魚のエサのニオイに似ている・・・」なんていう感想まで飛び出しました。

<本日の料理ラボ>

◎ビール酵母入りヨーグルト

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ビール酵母自体には苦みや甘みがほとんどないので、混ぜ込んでしまえば、ヨーグルトの味をほぼ変えずに食べることができました。ただ、甘くして食べたい人は、はちみつやジャム類をお好みで加えた方がいいと思います。

◎野菜のビール酵母漬け
材料:にんじん、セロリ各1/2本、きゅうり1本、A(粉末ビール酵母大さじ1、塩小さじ1、しょうが1/2かけ、赤唐辛子1本)
作り方:(下準備)にんじんはいちょう切り、セロリは斜め薄切り、きゅうりは小口切り、しょうがはせん切り、赤唐辛子は小口切りにする。
①切った野菜とAを保存袋に入れ、袋の上からもんだあと、できるだけ空気を抜いて冷蔵庫へ。※2~3時間で食べられる。

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塩だけの即席漬けに比べ、うまみの感じられる即席漬けになりました。酵母に含まれるイノシン酸やグアニル酸が効果的に働くのでしょうか。ただ、もっと長い時間置く場合は、塩を少なめにしたほうがいいかもしれません。

◎鶏肉と野菜のビール酵母煮込み/牧野作
材料(6~8人分):鶏手羽元20本(塩小さじ2)、玉ねぎ2個、セロリ大1本、トマト中4個、にんにく2かけ、ローリエ2枚、水1.8ℓ、粒マスタード適量、粉末ビール酵母大さじ3、塩少々、オリーブ油大さじ2
作り方:(下準備)肉は骨にそってキッチンバサミで切れ目を入れ、塩をすりこむ。玉ねぎは縦に薄切り、セロリは斜め薄切り、トマトはくし形に切って半分程度のざく切りにし、にんにくはつぶす。
①鍋にオリーブ油の半量を熱し、肉を焼きつける。
②フライパンに残りのオリーブ油とにんにくを入れて弱火で熱し、香りが立ったら玉ねぎ、セロリを加えてよく炒める。
③①の鍋に②と水を加え、強火にかける。煮立ったらアクを取って中火にし、ビール酵母とトマト、ローリエを加え、フタをして20分ほど煮込む。器に盛って粒マスタードを添える。

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塩は、最初に手羽元にすりこむ際に使っただけ。煮込んだあとは、塩やチキンブイヨン、ハーブ類などの調味料をまったく使わなくても味が決まり、これにはちょっと驚きました。鶏肉や玉ねぎなどの野菜から出るうまみもありますが、やはりビール酵母に含まれるうまみ成分(イノシン酸やグアニル酸)が効果を発揮している気がします。

◎今月のご当地みそ汁 長野(北部) ヒメタケと鯖のみそ汁
ヒメタケは根曲がりたけともいわれ、通常は5月下旬から6月に出回る、細い種類のたけのこです。昔から長野県北部の山でよくとれたため、北部の人たちにとっては、ふるさとの味。また、海のない県ゆえか、魚介類への思いは強く、鯖缶も人気で、普段から買い置きする家も多いとか。そんなヒメタケと鯖の水煮を具にしたみそ汁は、この地方で人気のみそ汁です。ただ、同じ長野県でも、南部の人たちの中にはこの汁を知らない人もいるそうですよ。

※長野では、本来は初夏にとれるヒメタケを使って作るみそ汁ですが、今回は10月末~11月始めの一時期に出回る、高知県の四万タケ(ヒメタケ)が手に入ったので、それを使って作りました。

材料(6~8人分):ヒメタケ(ゆでたもの)8~10本、鯖の水煮缶2缶(約350g)、長ねぎ2本、しょうが大1かけ、みそ大さじ5、昆布でとっただし汁1.5ℓ
作り方 下準備:ヒメタケは2~3㎝長さのぶつ切り。長ねぎは1~2㎝長さの ぶつ切り。しょうがはおろす。
①だし汁に長ねぎを入れて煮る。ヒメタケも加えて煮、どちらもほどよく火が通ったら、鯖を缶汁ごと加え、みそを溶きのばす。
②器に盛り、おろししょうがをのせる。

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ヒメタケは、限られた一時期しかとれない山の幸。やわらかいのに食感もあって、煮ても焼いてもおいしく、人気のあるのがよくわかります。みそとの相性もいいうえ、鯖が加わるとうまみたっぷりに。最後にのせるおろししょうがが、これまたいいアクセントになりました。

テーマ「発酵と発酵食の研究」の10回目は、人類の歴史にも深く関わってきた「酵母」を取り上げました。中でも今月は「ビール酵母」に注目しました。ビール酵母の本来の役割はビールを作ることですが、それ以外にも注目されているのが、ビール酵母の“栄養”や“うまみ成分”です。うまみ成分から作った「酵母エキス」は、近年さまざまな食品に使用されており、食ラボメンバーも関心をもっていました。実際、粉末のビール酵母を使って浅漬けや煮込み料理を作ってみると、他の調味料をほとんど使わなくても“うまみ”が加わったのには驚きました。