だしの研究11

『身近な調味料をもっとよく知り、おいしく使おう!』

「食のラボラトリー」は、普段からおなじみの食材や調味料をもっとよく知り、おいしい使い方を研究しようという思いから始まりました。その第1弾が“塩の研究会”。
塩そのものの味を比較したリ、調理してみると、新しい発見がいっぱいありました。
そこで、今年は塩に続き、さまざまな調味料を研究することにし、砂糖、みりん、甘味料、料理酒、酢などの身近な調味料を改めて見直し、比較研究をしてきました。
そして、昨年11月からは「だし」をとりあげています。

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だしの研究⑪
「だし」の研究の11回目。かつお節や昆布などの単体のだし、合わせだし…その他の研究や味比較をしてきましたが、今回のテーマは「魚醤」です。

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◉独特の風味、濃厚なうまみをもつ調味料「魚醤(ぎょしょう)」
魚醤は魚貝類に、それらの内臓や塩(塩水)、麹を加えて発酵させ、魚貝類に含まれる酵素の分解作用によってつくられた調味料です。

発祥の地は東南アジアのメコン川流域といわれ、タイのナンプラーやベトナムのヌクマム(ニョクマン)などが代表的です。
魚貝類に食塩を加えて腐敗を防ぎ、発酵が早く進むのを抑えながら、魚貝類に含まれる酵素、
あるいは添加した麹の酵素の作用で、材料の魚貝類のタンパク質をアミノ酸に分解させます。

製造には一般的には1年以上かかり、熟成すると、特有の香りや臭気を放ちますが、
ミネラル、ビタミンを含むうえ、魚の動物性タンパクが分解されてできたアミノ酸と、
魚肉に含まれる核酸を豊富に含むため、濃厚なうま味があり、料理の味つけに使うと塩の代わりにもなり、同時にうま味も加わります。

◉日本各地にさまざまな魚醤あり
日本の魚醤には、しょっつる(秋田)、いしる、いしり(能登)、いかなごしょうゆ(香川)のほか、北海道、石川県のいかしょうゆ、かきしょうゆなどがあります。
これらは「魚(うお)びしお」(=魚の塩漬け、塩辛)から発展したものですが、魚醤はしょうゆと似た使い方をするので、「魚(うお)じょうゆ」ともいいます。
しょうゆより濃厚なうま味をもち、鍋物などに加えるだけでだし汁の役目も果たします。また、伊豆諸島でくさやを製造する際に用いられる“くさや液”も魚醤の一種と考えられます。

日本の三大魚醤は「しょっつる」「いしる」「いかなごしょうゆ」 
「しょっつる」は秋田県で作られる魚醤で、原料魚はハタハタですが、一時期ハタハタの漁獲量が激減、全面禁漁となったため、アジやイワシ、サバ、コアミ、コウナゴなどの魚も使われるようになりました。
ハタハタのよさは淡白で臭みが少ないこと。漁獲高が回復した近年はハタハタも再び用いられています。
「いしる、いしり」は能登半島北部で作られる魚醤で、イワシやイカの内臓や頭、骨を用いて作ります。
「いかなごしょうゆ」は香川県で作られる魚醤で、いかなご(稚魚は東日本でこうなごと呼ばれる)が原料魚です。もともとこの地方で大量にとれるいかなごを長期保存するために誕生しましたが、
いかなごしょうゆを使う郷土料理がなかったことや、香川県がしょうゆの産地ゆえ、しょうゆが作られるようになってからはあまり使われなくなり、1950年代にいったん途絶えてしまいました。
その後、復興を目指し、1998年から生産が再開されました。

◎近年開発された魚醤、鮎の魚醤
古くからアユ漁や養殖の盛んだった大分県日田市ですが、鮎の体長が規格外だったり、傷がついて販売できずにやむなく廃棄していた鮎も多く、これを有効利用するために開発されました。
4年間試行錯誤を繰り返し、ようやく世界的にも珍しい淡水魚を用いた魚醤が出来上がりました。

◎アジアのさまざまな国の、さまざまな魚醤
タイのナンプラー(nam pla)やベトナムのヌックマム(nước mắm)のほかにも、アジア各国では魚醤が作られ、使われています。
インドネシアの魚醤はケチャップイカン(kecap ikan)、フィリピンはパティス (patis)、カンボジアはトゥック・トレイ(ទឹក​ត្រី, tuk trey)、ラオスはナンパー (nam paa)、ミャンマーはンガンピャーイェー (ngan-pya-ye)、中国(広東省やマカオ)では、ユーロウ(魚露)が使われています。

◎古代ローマ時代の魚醤「ガルム」と、復興した「コラトゥーラ」
古代ローマでは、「ガルム(ラテン語 garum)」と呼ばれる魚醤が使われていたことがわかっています。魚の内臓を塩水に漬け込み、発酵させて作っていたようです。発祥はギリシャ人が作っていた魚醤といわれていますが、詳しい歴史や製法はわかっていません。
古代ローマの人々は、ガルムを多くの料理の味つけに使っていたようですが、ローマ帝国の滅亡とともに製法が途絶え、いったんガルムは姿を消しました。
その途絶えてしまったガルムを復興したのが、南イタリアのアマルフィー海岸沿いの町チェターラです。アンチョビペーストなどとともに、ここで生まれた魚醤が「コラトゥーラ (Colatura)」です。

<さまざまな魚醤の味比較> 
今回は、いくつかの魚醤の味を比べてみることにしました。

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①ヌクマム(国産)/ 個人私物
②李錦記 ナンプラー(SB食品 タイ製)/130ml 376円
③ナンプラー(ヤマモリ タイ製) /150ml 278円
④しょっつる(諸井醸造 国産)/130ml 756円
(左奥2番目から)
⑤ガルム(モンテ物産 国産)/300ml 1,663円
⑥コラトゥーラ(光が丘興産が輸入 シチリア産)/個人私物
⑦鮎魚醤(まるはら原次郎左衛門 国産)/200ml 1,401円

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①色は濃い。熟成しているうまみがあり、においも強い。しょっぱい中にもまろやかさが感じられ、おいしい。
②しょうゆのような濃い色と味わい。しょっぱく、うまみは感じられないが、臭みが弱いので、一般的には使いやすそう。砂糖入りの表示あり。
③色は一番うすいが、非常にしょっぱい。コクはなく、甘みが少々ある。②と同様、砂糖入りの表示あり。
④ハタハタと塩だけを使用した魚醤。色はうすめ。さっぱり、すっきりして、うまみがあり、おいしい。
⑤カタクチイワシと塩のみ。色は中くらいの濃さ。臭みはなく、あと味もすっきり。
⑥色は中くらいの濃さ。熟成されたうまみが感じられておいしい。
⑦色は中くらいの濃さ。香ばしさ(ワタの味わい?)、甘み、うまみを感じ、非常においしい。

<「魚醤」を使った料理づくり>
「魚醤」を使った料理を作り、みんなでいただきました。今回使った魚醤は、①の日本製ヌクマムです。

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◎肉詰め白ゴーヤのスープ煮/久保田作
白ゴーヤ(なければ、普通のゴーヤでもいいが、なるべく太いものがよい)は2㎝幅に切ってワタをくり抜く。
肉あん(豚ひき肉、もどして刻んだきくらげ、万能ねぎの小口切り、おろししょうが、ヌクマム、こしょう、片栗粉)を作り、ゴーヤの中に詰める。
鍋に水、中華だし、ヌクマム、こしょうを入れて沸かし、肉詰めゴーヤを加えて煮る。最後にトマトを加え、一煮する。器に盛り、パクチーを加える。
ゴーヤは炒め物や、あえものなどでおなじみですが、スープ煮は意外に知られていないようです。台湾の家庭などでは、よく夏場に食べるそうですが、少し苦みのあるスープがいいですね。
やさしい味なのに、スタミナ料理。夏疲れの出る秋口にもよさそうです。

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◎ヤムウンセン(タイ風春雨サラダ)/久保田作
緑豆春雨(水でもどし、サッとゆでる)、エビ(殻をむき、ゆでる)、豚薄切り肉(ゆでて細切り)、きくらげ(もどしてせん切り)。
万能ねぎ(3㎝長さに切る)、プチトマト(半分に切る)、干しえび(水でもどし、みじん切りにんにくとともに油でいためる)。
ボウルに、春雨、エビ、豚肉、きくらげ、万能ねぎ、プチトマト、干しえび、パクチーをすべて入れ、合わせ調味料(ヌクマム、ライム汁、赤唐辛子)を加えて混ぜ合わせる。

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◎にんじんのソムタム/久保田作
にんじんはスライサーで細切りに。いんげんは3㎝幅に切る。すり鉢ににんにくと赤唐辛子、もどした干しえびを入れてつぶす。
さらに、いんげん、にんじんも加えてざっくりつぶす。調味料(パームシュガー、ライムのしぼり汁、ヌクマム)を加えて混ぜ、ピーナッツ、プチトマトも加えて混ぜる。
「本来はベトナムなどでおなじみの青いパパイヤのサラダですが、青いパパイヤが手に入らなかったため、
食感の似ているにんじんで代用しました。にんじんやいんげんもたたいてつぶすことで、味をしみこみやすくするのがポイントです」

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◎空心菜炒め
フライパンを熱し、油で空心菜を炒め、合わせ調味料(ヌクマム、水、中華だし、みじん切りにんにく、赤唐辛子)を加えたら一気に炒め合わせる。

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“だしの研究”の11回目。今回は「魚醤」をとりあげました。
ナンプラーやヌクマムなどの魚醤は、今や日本の家庭でもすっかりおなじみになり、エスニック料理を作る際は、使う人も多いと思いますが、いくつもの魚醤の味を同じタイミングで比較する機会はなかなかありません。
そこで今回は、日本、アジア、イタリアの魚醤を7種類、ごく少量ずつ生で味見してみました。すると、色はもちろん、味もだいぶ違いがあることがわかりました。
中でも、じっくり熟成させた魚醤は、単にしょっぱいだけでなく、しっかりとしたうまみやまろやかさが感じられました。その一方で気になったのは、材料表に、食材と塩以外に“砂糖”が表示された魚醤があったことです。
熟成して自然に出るうまみの代わりに、砂糖を加え、短期熟成で市場に出しているのかもしれませんが、やはりうまみは少ないように感じました。