だしの研究10

『身近な調味料をもっとよく知り、おいしく使おう!』

「食のラボラトリー」は、普段からおなじみの食材や調味料をもっとよく知り、おいしい使い方を研究しようという思いから始まりました。その第1弾が“塩の研究会”。
塩そのものの味を比較したリ、調理してみると、新しい発見がいっぱいありました。
そこで、今年は塩に続き、さまざまな調味料を研究することにし、砂糖、みりん、甘味料、料理酒、酢などの身近な調味料を改めて見直し、比較研究をしてきました。
そして、昨年11月からは「だし」をとりあげています。

%e3%81%9f%e3%82%99%e3%81%97%e3%81%ae%e7%b4%a0%e6%9d%90%e5%86%99%e7%9c%9f%ef%bc%8820161201%e8%b3%bc%e5%85%a5%ef%bc%89

だしの研究⑩
「だし」の研究の10回目。かつお節や昆布などの単体のだし、合わせだし…その他の味比較をしてきましたが、今回のテーマは「煎り酒」です。

DSC_2436DSC_2489DSC_2572_1DSC_2558DSC_2545_1

◉江戸時代の伝統調味料「煎り酒(いりざけ)」
江戸時代に使われていた液体調味料で、日本酒に梅干し等を入れて煮詰め、煮出した汁を漉したもの。室町時代後期に考案され、江戸時代に入ると広く用いられていましたが、江戸時代中期にしょうゆが普及し始めると、徐々に使われなくなってしまいました。

煎り酒の作り方は、日本最古の料理書とされる「料理物語」に記載があります。
「熬酒は鰹一升に梅干十五乃至二十、古酒二升、水少々、溜り少々を入れて一升に煎じ、漉し冷してよし、また酒二升、水一升入れて二升に煎じ使ふ人もある。煮出酒は、鰹に塩少々加へ、新酒で一泡二泡煎じ、漉し冷してよろし、精進の熬酒は、豆腐を田楽ほどに切り、炙つて、梅干、干蕪など刻み入れ、古酒で煎じてよし」

発祥当時(上記)の作り方に最も近いものが以下の作り方です。
「日本酒1合(180ml)に大きめの梅干し1個を入れ、火にかける。梅干しの風味がよく出るよう軽くほぐし、半量になるまで弱火で煮詰める。梅干しを漉し、冷暗所に1〜2日置き、味をなじませる。冷蔵庫なら2週間程度保存可」
※酒は純米酒、梅干は昔ながらの塩分濃度で漬けた梅干しを用いること。

このほかにも、風味やコクを増すため、上記の材料にかつお節や昆布、煎り米など
を加えて煮詰める作り方や、みりんや塩を加える作り方もあります。

煎り酒は強い個性がない代わりに、素材の味を引き立て、味に奥行きを出すといわれています。塩分控えめのうえ、上品でまろやかな味わいが近年再び見直されており、日本料理屋や料亭で自家製の煎り酒を作る店も増えています。
白身魚や貝類と相性がいいため、刺し身のつけだれにしたり、さまざまな料理の隠し味にも使われています。

髙田郁の著書「みをつくし料理帖」シリーズが2009年から刊行され、江戸時代の食文化や料理が紹介されたことも影響しました。2014年のテレビ朝日に続き、今年5月~7月、NHKでも「みをつくし料理帖」が放映されています。この人気も手伝い、“江戸食”が人気上昇中。「煎り酒」はTVや女性誌等でも紹介されています。

※参考資料② 『みをつくし料理帖』
髙田郁(かおる)著、時代小説シリーズ全10巻。2009年、ハルキ文庫から第1作『八朔の雪 みをつくし料理帖』が刊行され、2014年の第10作『天の梯 みをつくし料理帖』で完結した。

※参考資料③ TBS『あさチャン!』(2017.5.15(月)放送)で、銀座「三河屋」の「煎酒」が紹介されました。

◉「煎り酒」づくり
さまざまな作り方がある「煎り酒」ですが、今回は、メンバーの久保田さんが普段から家でよく作り、使っているという「煎り酒―A」(酒と梅干しに、削り節を加えたもの)と、発祥当時の作り方をできるだけ忠実に再現した「煎り酒―B」(酒と梅干しだけ)と、を、みんなで作ってみることにしました。

DSC_2412DSC_2405_1DSC_2429

「煎り酒―A」
<材料>酒(純米酒)900ml、梅干し(特大)4個、削り節30g
<作り方>
①鍋に酒と梅干しを入れ、中火にかける。フタをせずに煮て、沸騰したら削り節を加え、酒が半量になるまで煮詰め、晒かキッチンペーパーで漉す。
※梅干しは最後までつぶさない。※冷蔵庫で1週間10日もつ。

DSC_2436DSC_2443DSC_2454DSC_2504DSC_2507_1DSC_2510_1

「煎り酒―B」
<材料>酒(純米酒)900ml、梅干し(特大)4個
<作り方>
①鍋に酒と梅干しを入れ、中火にかける。フタをせず、そのまま酒が半量になるまで煮詰め、晒かキッチンペーパーで漉す。
※梅干しは最後までつぶさない。※冷蔵庫で1週間から10日もつ。

DSC_2437DSC_2470DSC_2489DSC_2495

完成した「煎り酒―A」(写真左)と「煎り酒―B」(写真右)
削り節を加えたAと、梅干しだけのBでは、だいぶ色が違います。

DSC_2512

「煎り酒」を使った料理づくり  
今日作った「煎り酒」をいくつかの料理に使い、みんなでいただきました。

◎鶏飯風 煎り酒で食べる夏ご飯 /久保田作
奄美大島の郷土料理「鶏飯(けいはん)」風に、丼に盛ったご飯の上に具材を並べ、だし汁をかけたもの。具材は、蒸したささ身、薄焼き卵、みょうが、三つ葉。
「だし汁は、奄美の鶏飯は鶏ガラでとっただし汁を使いますが、ここでは「煎り酒―A」を熱湯でのばしたもの(塩気が足りなければ塩少々足す)をかけます。また、鶏飯にはもどして煮含めた干しいたけを使うのが定番ですが、煎り酒にはしいたけの風味が強すぎて合わないので、ここでは使いません」と久保田さん。
鶏ガラスープのだし汁に比べ、煎り酒のだし汁はさっぱりした味わいで、蒸し暑い夏にぴったり。この日は、熱いだし汁をかけましたが、冷やしてかけてもおいしそうですね。

DSC_2467DSC_2477DSC_2425DSC_2474DSC_2572_2

◎豚肉の冷しゃぶ 煎り酒だれ
鍋に水と塩(水の量の1%)を入れて火にかけ、60℃くらいになったら肉を入れてほぐす。肉は揺すらずに静かにゆで、肉が白っぽくなったら引き上げる。水にとってアクを落とし、ペーパーにとって水けをきり、冷蔵庫で冷やしておく。グリーンカールなどの葉野菜とともに肉を器に盛り、冷やしておいた「煎り酒―B」につけて食べます。
(豚肉は70℃以上になると硬くなるので、湯はグラグラと沸騰させず、肉もしゃぶしゃぶせずに、静かに浮かせてゆでるのがコツ)。
いつもはぽん酢やごまだれで食べることが多い豚肉の冷しゃぶですが、煎り酒のたれもいいですね。
こちらは、削り節を加えないで作ったシンプルな煎り酒を使いましたが、梅の風味が立ってよく合いました。

◎焼きなすのだしびたし
なすを焼き、皮をむいてだし汁にひたす、おなじみの“だしびたし”。こちらは「煎り酒―A」を回しかける。削り節と昆布のだし汁に比べ、
梅のほのかな風味が加わり、味わい豊かになりました。

DSC_2433DSC_2440_1DSC_2449DSC_2464

◎きゅうりの浅漬け/久保田作
きゅうりは縦半分に切り、種を除いて斜め薄切りにして、塩少々ふってもみ、水けをしっかり絞っておく。器に盛り、
「煎り酒―A」をかけ、白ごまをふります。
※作りたてでもいいのですが、半日から1日おいてもおいしい。
※きゅうりの代わりに白うりもおすすめ。

DSC_2416DSC_2435_1DSC_2551

◎煎り酒に漬け込んだ枝豆、トマト/久保田作
「枝豆は殻の両端を切って洗い、塩をもみこんでゆでる。ゆであがったらザルにあげ、熱いうちにひたひたの煎り酒に漬けこみました。
半日から一晩漬けこむと、味がしみておいしいですよ。トマト(ミディトマト)は湯むきして、煎り酒と砂糖、酢1:1:1に漬けこみ、冷蔵庫で一晩冷やしました」

DSC_2543_1

◎梅かつおふりかけ/久保田作
煎り酒を作ったあとに残った梅干しと削り節を使って、ふりかけを作りました。「梅干しと削り節は包丁でたたいて細かくします。
これを鍋かフライパンに入れ、しょうゆとみりん各少々を加え、弱火で、焦げつかないよう注意しながら、ひたすらから煎りするだけ。
あれば白いりごまを最後に加えてもいいですね」
煎り酒を作ったあとの残りといっても、お酒がしっかり浸み込んだ梅干しと削り節なので、うまみたっぷり。
炊き立てのご飯はもちろん、おにぎりの具にもぴったりです。

DSC_2517DSC_2521DSC_2553_1

“だしの研究”の10回目。今回は「煎り酒」をとりあげました。江戸時代に消滅しかけた調味料ということでしたが、材料も作り方もシンプル。
家庭でも簡単に作れることがわかりました。さらに、日本酒や梅干しのうまみが凝縮した、実に上品で上等な“だし汁”ともいえそうです。
作り方がシンプルなら、味もシンプル。薄味ながらも風味豊かで、素材の味を活かすことや、さまざまな料理に合うこともわかり、万能調味料「煎り酒」は、むしろ今の時代の料理に合う、新しい調味料にも思えてきました。