食の仕事人ものがたり 第1回

食の仕事にかかわるさまざまなプロたちにお話をうかがいます。
シリーズ第1回は、料理カメラマンの青山紀子さん。

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青山紀子さん

京都出身。大学卒業後、料理カメラマン佐伯義勝氏に師事、初めての女性の弟子となる。独立後はフリーの料理カメラマンとして雑誌や書籍などで活躍。近著に「カレーの教科書」(NHK出版)、「すし うちで作ろううちで食べよう おうちSUSHI」(成美堂出版)などがある。

―――どのようなきっかけでカメラマンを志したのですか?

高2のときにバスケットボール部でインターハイに出場しました。その会場で、「月刊バスケットボール」という雑誌の取材を受けたんですね。
女の人がひとりでカメラを持ってやってきて、インタビューして写真を撮って。そんな人を、生まれて初めて見たわけですよ。「ああ、こんな仕事があるんだ!」と、純粋にいいなと思ったんです。いろんな人に会えて、旅ができて、見聞が広げられるっていうのが。

―――「料理」を専門に選んだ理由は?

大学の写真科を卒業後、わたしは撮影の要である、ライティング、スタジオテクニックを徹底的に学んでみたかった。それでご縁あって、当時、料理写真の第一人者として活躍されていた佐伯義勝先生のスタジオに弟子入りすることになりました。
「女の子が写真で食べられる訳がない」と誰もが思っていた時代です。万が一仕事としてモノにならなくても、料理だったら女性として将来役に立つかもしれない、なんていう気持ちもじつはあったんですよ(笑)。

―――弟子入り時代はいかがでしたか?

スタジオは先生のお住まいと併設されていてご家族と一緒でしたので、撮影だけでなく先生の写真家としての生きざますべて、そしてそれを支える家族のすべてを見せていただきました。もちろん、先生だけでなく奥さまやお母さまから苦言を頂戴することもありましたが、いま思うと、それがカメラマンとして生きていく上で、どれほど大切なことだったか身にしみています。いまはそういう、内弟子として修業させていただけるところはなかなかないでしょうね。

―――女性だからと苦労したことは?

女性だからと仕事を区別されることはなかったですが、初めての女弟子でしたから、いま思うと先生やご家族の方から何かとお気遣いいただいていたと思います。
男性との体力の差はつくづく感じましたよ。力仕事が多いですからね。男の子たちがひょいひょい運べるものを、時間もかかるわけです。必然的に、スタジオでは掃除とか、まかないとか、自分ができることも見つけてやるようにしていました。

―――当時の料理撮影ではカメラマンもスタイリングをなさっていたとか

佐伯先生が料理撮影を始められたころは、スタイリストという職業は存在しなかったようです。
盛り付ける食器はお料理の先生がお持ちのものが基本で、足りない器などは編集の方が調達していました。
そこに、先生はより良い写真に仕上げるために撮りたいイメージをふくらませて、演出を加えていかれたようです。
たとえば外国料理だったら、その国をイメージできるような小物類を加えたり。
写真のバックに使えそうな木材やクロス、テーブルまわりの小物など、スタジオにはたくさん取り揃えていましたよ。
おかげで私たち内弟子は、料理だけでなく器やスタイリングも学ぶことができたんです。

―――写真とはどうやって学んでいくものですか?

技術を持っている先生に付いて学ぶ、会社に入って学ぶ、いろんな方法がありますが、とにかくまずは、ベーシックな技術をしっかり身につける必要があります。
いろんな現場の経験、場数を踏んでいくことが大切で、それによって自分の表現の引き出しを増やしていけるんですね。
ただ自分の好きなように撮っていればいいという仕事ではないく、クライアントの、こういうイメージで撮ってほしいという意向をくみ取って、その世界を表現していく力も必要とされます。
全体として「美味しそうだな」という空気感が大切なのか。雰囲気よりも、瑞々しい「シズル感」が画面から伝わるような写真がいいのか。ぜんぜん違うでしょう。

―――フィルムからデジタルの時代になり、何が変わりましたか?

カメラにパソコンの技術、デジタルワークの技量も必要とされるようになりました。その段階で、カメラマンに必要な素質も少し変容しましたね。
フィルムの世界のときは、とにかく現場での失敗ができない、試合みたいなものですよね。集中力、判断力、そして度胸。準備を怠らないようにして、1枚の写真にかけるわけです。
今はそれに加えてさらに、机上で根気強く作業する集中力とか根気とか、忍耐強くいいものを作ろうという力も必要になってきているんですね。

―――これから料理カメラマンを志す人に、どんなことをアドバイスしますか?

基本技術を身につけることがまず何よりも大事です。
その技術と、それからセンスも必要なんです。だから技術とセンスが同時に養われていくように努めなくてはいけないんですよね。
絵作りをしていく仕事なので、やっぱり普段からいいものに触れる機会をたくさん持つことって大切だと思うんです。映画だったり、絵画だったり。
そのうえで、とりわけ料理文化に対して興味を持って、学び続ける姿勢は持つべきかな。
料理写真をたくさん見て、どんなふうに撮影したのかなと考えてみる。おいしいものを食べて写真のイメージをふくらませる。世界を旅していろんな食べ物にふれ、どういう文化のうえに料理が成り立っているのかを知る。遠回りのようなことも、何かしら自分の財産になります。
あとは、今までカメラマンとしてなんとか続けてこられたことを思うと、私は写真が好きなんだなぁ、とつくづく思うんです。その気持ちかな。
きれいな構図や光を見つけて写真におさめられた時は、やっぱり嬉しいですね。
今でも撮っていて楽しいですから。
それから、この前ふと耳にした言葉が印象に残っています。
「いまの若者は“心が震えるようないい大人”にめぐり会っていない。めぐり会うためには、人との付き合いをすこし我慢して、探し当てる。そういう努力も必要なのではないか」と。対人関係や仕事を、すぐに諦めないで、我慢してもうひと踏ん張りしてみる。どん欲になる。そういうことも、すごく大事なのかもしれないですよね。